自己紹介

自分史(クロロ96)[再入院]

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パチスロで食いつなぎながら
(27~28歳)

「パチスロで食いつなぎながら」写真

最初はやりたいことが見つかり、それを友達と進めていましたが、うやむやになり途中で投げ出してしまうことになりました。また悪い癖がでてしまいました。

そして退院後に初めてパチスロを打ちましたが、この機種が史上最悪にイライラする機種でした。

自分なりに分析しましたが手術をしてから、イライラした時は気持ち悪くなることが多く、何かしらの影響が出ていると思ういます。だからといって平然を装って打つことは出来ますが、心の中では多かれ少なからずアドレナリンみたいなのが出ていると思います。これが危険なんだと思っています。

この後、発作が頻繁に起きるようになり病院へ行くことになりました。(特に暑いところは苦手で熱い食べ物を食べる時も気を付けないと発作が起こってしまう)しかし曜日が違ったので担当医も違う先生になってしまいました。自分が悪いのですが担当医は変えないほうがいいと思います。やっぱり最初から自分のことを見ている先生が、一番自分を理解していると思います。そして「MRI」の結果が出ました。

史上最悪にイライラするパチスロの機種が原因と思われるのですが再発でした。(自分なりの解釈です)

再入院をするが今回は手術出来ない
(2005年5月21日 28歳)

「再入院をするが今回は手術出来ない」写真

先生の説明が始まると腫瘍の部位は進行していて、そこを採ると言語と右半身にかなりの影響が出てしまうと言われました。

結論は手術はせず「放射線療法」と「化学療法」をやることになった。今回もいっぱい友達が来てくれました。なかでもポータプルDVDはかなり助かりました。そんなこんなで今回も有意義に病院生活を送れましたが、これから先どうなるか心配でした。

薬漬けに点滴に放射線の毎日でした。自分の場合は月曜~金曜を続けて照射して、土日は休むサイクルで5週間続けました。

入院中何度も「痙攣発作」が起きました。帽子無しでは恥かしくて外に出られないくらい、髪の毛も抜け落ちてしまいました。そして数回の放射線を残して通院で大丈夫と言われ、退院することになりました。

テモダールの許可をもらうため他の病院へ
(28~29歳)

「テモダールの許可をもらうため他の病院へ」写真

この頃はまだ「テモダール」が承認されていなかったので、高いお金を払わないと買えませんでした。(保険が利かなかったが、2006年9月15日保険適用となる)

自分はテモダールの対象になると思っていたので「テモダール」を扱っている病院に行きました。「MRI」を撮るたびに何度も相談しに行きました。だけど『あなたの場合は「MRI」の状態もよいし、体の調子もよいらしいので今は飲まなくてよいでしょう』、『今度、腫瘍が大きくなり始めたら考えましょう』と言われました。

早くテモダールを飲みたかった気持ちもありますが、先生が言っているのだからそれに従がうことにしました。

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